大江戸神仙伝

(講談社文庫)1983

   石川英輔 著


(文学) [書誌所在情報] [みなさんの感想]

小口敏夫(薬学部 附属薬用資源教育研究センター)

 「現代人が、いきなり江戸の町へ転がり込んだら、そこは、いったいどんな世界だろう。 また、まともに生活して行けるものだろうか。」本書は、このような発想から書かれたS F小説である。現代の東京から江戸時代に突然タイムスリップした主人公は、持ち合せた 身の回りの品や薬の知識によって、たちまち江戸の人から超能力をもつ神仙として敬愛さ れ、江戸の庶民生活をエンジョイする。ストーリーの面白さも申し分ないが、巻末の参考 文献の数をみても十分な時代考証に基づかれていることが分かり、本書は江戸庶民生活の 解説書としても興味ある内容となっている。当時、江戸は120万人の人口を有し、ロンド ン、パリを凌いで世界一の都市であった。上水道施設はロンドンに並んでよく整備され(パ リにはまだない)、就学率80%、一人当りのアルコール消費量はほぼ現代の水準にまで達 していたという。そこには封建時代にあって搾取に苦しむ庶民の姿はなく、貧しいながら もおおらかで魅力的なそして人間味あふれる生活が営まれていた。

 `われわれは「ミクロコスモス」に生きている' −−−これが、著者からのメッセージで ある。鎖国状態の江戸時代は閉じられた世界、まさにミクロコスモスであり、太陽エネル ギーの供給のみによって260年間微妙なバランスで定常状態を保ってきた。これは、太陽 エネルギーに見合った資源の消費、そして徹底したリサイクルのおかげである。しかし、 現代では生活の便利さを求めて大量のエネルギーを使い、莫大なゴミを出し、そのゴミを 処理するためにさらにエネルギーを使っている。これは地球誕生以来の太陽エネルギーの 蓄積である化石燃料をものすごい勢いで消費することによって成立っており、あげくのは てに公害や環境破壊を招いているのでは、地球という「ミクロコスモス」が深刻な危機に 瀕していることをいやでも感じざるを得ない。もちろん、われわれが江戸時代の`不便な' 生活には戻ることはできるとは思わないが、江戸の文化を通して現代におけるリサイクル やエネルギー事情を考えることで、「ミクロコスモス」を少しでも長らえるためのヒント が得られそうである。

 とにかく、まず手軽な娯楽小説として一読されることをお勧めする。


culis@ll.chiba-u.ac.jp Jun. 1995