サル学の現在

平凡社 1991

   立花隆 著


(自然科学) [書誌所在情報] [みなさんの感想]

前田康博(法経学部)

 日本原産の知の探究が確実に世界学界の最前衛をなす尖端領域の一つに、(故今西錦司 博士が率いるいわゆる京都学派が創始した)比較霊長類学があります。

 本書は、ヒトとサルとの共通の祖先からの分岐問題をも含め、サル学の現状を、著者一 流の丹念な準備にもとづき(生前の今西博士をはじめ、老若にかかわらず、第一線の日本 の)比較霊長類学者へのインターヴューによって構成した豊富な学界展望であり、『田中 角栄の研究』 で名をあげ、「首相の犯罪」追及のキッカケをつくった著者がいまや円熟の 時代にさしかかって開拓した新領域への関心からも、ピグミーチンパンジー・ゴリラ・屋 久島ザル等にわたる最新情報の要約としても、一読をすすめたい好著です。

 しかも、たとえば(日本ザルと近縁の)屋久島ザルの研究に参加した女性研究者は、従 来のサル学がもっぱら男性研究者の手になるものであったところから、しらずしらずのう ちにヒトの男子専制社会の構造をニホンザル社会の理解に投影していた解釈にたいし、女 性の眼で疑問をなげかけ、屋久島ザルもニホンザルも、とくに指導者がいるわけではなく、 また、メスザルの支持がオスザルの優位の背景となる事実をあきらかにしました。

 また、別の女性研究者は「ミニサテライトDNA多型によるニホンザルの父子判別」(こ の題だけでも興味をそそるはずですが、その具体的手順も詳細に紹介されています)によ り、これまでは、日本サル学が世界にさきがけて独創した個体識別法をもってしても不可 能だった父子判別を実証できました。

 しかも、そのとりあえずの結論は「優越個体がヨリ多くの子孫を残す」との仮説に反す るものながら、著者がその旨で質問するのにたいして、この女性研究者は、調査標本が少 なすぎてまだ一般的な結論をだせるほどではない、と答える知の自己吟味の慎重さの例も、 とりわけ文科の読者には胆に銘じていいでしょう。


culis@ll.chiba-u.ac.jp Jun. 1995