資本主義・社会主義・民主主義

東洋経済新報社 1962

   J .A .シュンペーター 著(中山伊知郎、東畑精一 訳)


(社会科学) [書誌所在情報] [みなさんの感想]

前田康博(法経学部)

 著者はケインズと同年(一八八三年)に生まれ、 その年はまたK .マルクスの没年でもありました。

 本書は、マルクス主義的唯物史観が(階級史観そのものは古来の常識ですが)、資本主 義から社会主義への移行を、もっぱら、プロレタリアート階級の独裁の下の、破局の媒介 による、資本主義の挫折とみる見方にたいし、資本主義がいずれは社会主義へと転化する 帰結においては同一ながら、しかし、資本主義の運動自身が、資本主義の成功のあまり反 資本主義的社会環境をつくりだす結果としての、平穏裡の移行可能性を示唆します。

 著者は、経済利潤の真の源泉を、生産技術・新素材・管理・組織・市場開拓等にわたり 経済均衡を破る革新にこそあると看破して、これを<創造的破壊>と名づけました。この 概念は今や知的世界の共有財産となっているのですが、卓越した経済学者は(たんなる経 済学者の域をこえて)同時に卓越した社会科学者でもある所以を立証したのが本書です。

 本書が反資本主義的社会環境醸成の一因とみた知識人の資本主義離反は、今日、逆に、 旧社会主義圏をもふくめての知識人による資本主義擁護の風潮の中で反証されたかにみえ ますが、著者の予見の歴史的射程はもっと長いとみていいでしょう。資本主義の本性にお ける反人間性は、やはり、環境汚染にとどまらず、思想原理として批判に値いするばかり か、実定制度によって(知識人に支持されつつ)抑制されなければならないからです。

 ただし本書が理念にこだわらず制度の機能だけに限定して与えた民主主義の定義(政策 決定影響者選択のための選挙ゲーム)は、本書以後、およそ民主主義を論じるさいにかな らず引照されるほど簡潔・的確ではありますが、制度としての民主主義はやはり、人民自 律の理念をめざす民主主義運動によって不規則に衝撃されつづけてこそ、たしかに民主主 義にふさわしくなるでしょう。

 しかし二十世紀央(初版:一九四二年)に公刊された本書は、今なお預言の書でありつ づける面をもってもいるのです。


culis@ll.chiba-u.ac.jp Jun. 1995