日本人は「日本的」か:特殊論を超え多元的分析へ

東洋経済新報社 1982

   杉本良夫、ロス・マオア 著


(社会科学) [書誌所在情報] [みなさんの感想]

中窪裕也(法経学部)

 大学に入学して土居健郎著 『「甘え」の構造』 を読んだとき、何だか大人になったよ うな気分がした。英語には「甘え」にあたる言葉がない、という発見から始まるこの日本 人論は、私にとって、どこか甘美な青春の思い出である。けれども、その社会分析として の妥当性を評価するためには、英語表現の豊かさを知っておいたほうが良くはないか?  日本人論をする人々のイデオロギー的背景や、論理テクニックも、気になるところでは?  そもそも「日本人」とひとくくりにすることは適当なのか? アメリカで学んだ日本人 と日本で学んだアメリカ人とがオーストラリアで共同執筆した本書は、知的刺激にあふれ たやり方で、われわれの頭を支配してやまない「日本人は」「日本人だから」「日本人な ら」という発想と、本当の「学問」との間のけじめを教えてくれる。

 本書は、今年の1月に、末尾に新たな1章を追加し、『日本人論の方程式』 という題 名で、ちくま学芸文庫から再出版された。しかし、私には、本書の簡明率直なタイトル(副 題も含めて)のほうが、忘れがたく心に残る。 『「甘え」の構造』 や 『タテ社会の人間 関係』 が名著として読み続けられる限り、本書は解毒剤の役割を果たすであろう。けれ ども、本書の価値は、多元的な視点設定によって、社会比較の方法論の確立、真の意味の 国際化という積極的な方向の出発点を示したところにあるように思われる。


culis@ll.chiba-u.ac.jp Jun. 1995